医療費控除の対象となる費用の見極め方:身近な事例で分かりやすく解説
医療費控除は、一年間に支払った医療費が一定額を超えた場合に、その超過分を所得から差し引くことで税負担を軽減できる制度です。この制度を活用することで、納める税金が少なくなる、あるいはすでに納めた税金が還付される可能性があります。
しかし、「どのような費用が医療費控除の対象になるのか」「自分や家族の支払った医療費は対象になるのか」といった疑問を抱えている方は少なくありません。本記事では、医療費控除の対象となる費用とそうでない費用の判断基準を、具体的な事例を交えながら分かりやすく解説します。
医療費控除とは何か
医療費控除とは、ご自身や生計を一にする配偶者、その他の親族のために支払った医療費が、年間で一定額を超えた場合に適用される所得控除の一つです。所得控除とは、税金が計算される対象となる所得から一定額を差し引くことで、課税対象となる所得を減らす仕組みです。結果として、所得税や住民税の負担が軽減されます。
医療費控除の対象となる費用
医療費控除の対象となるのは、原則として「病気やけがの治療のために支払った費用」です。ここでは、具体的な費用項目と事例を挙げて解説します。
1. 医師や歯科医師による診療・治療費
最も基本的な対象費用です。風邪やインフルエンザなどの一般診療はもちろん、専門的な治療も含まれます。
- 事例:
- 内科での診察、検査、処方された薬代
- 外科手術とその入院費用
- 精神科でのカウンセリング費用
2. 歯科治療費
歯科治療費は、保険診療だけでなく、治療を目的とした自由診療も対象となります。ただし、美容目的の費用は対象外です。
- 事例:
- 虫歯治療、歯周病治療
- 金歯、セラミックなどの自由診療による被せ物や詰め物(機能回復が目的の場合)
- 歯列矯正費用(子どもの成長を阻害するなどの治療目的の場合)
- 入れ歯の作成費用
3. 出産に関する費用
妊娠から出産、産後までの費用も医療費控除の対象です。
- 事例:
- 妊娠中の定期検診費用(妊婦健診)
- 出産時の入院費用
- 分娩費用(帝王切開も含む)
- 出産後の母体の回復を目的とした治療費用
- 不妊治療にかかる費用(人工授精、体外受精など)
4. 医療用医薬品の購入費
医師の処方箋に基づいて薬局で購入する医療用医薬品はもちろん、ドラッグストアなどで購入する市販薬(OTC医薬品)も、治療や症状緩和を目的とするものであれば対象です。
- 事例:
- 病院で処方された薬代
- ドラッグストアで購入した風邪薬、胃腸薬、痛み止めなど(症状の改善を目的とするもの)
5. 通院・入院のための交通費
病院への通院や入院のためにかかった交通費も、医療費控除の対象です。ただし、公共交通機関の利用が原則です。
- 事例:
- 電車、バス、タクシーの運賃(やむを得ない理由でタクシーを利用した場合)
- 付き添いが必要な場合の、付き添い人の交通費
6. 医療用器具の購入費
治療に直接必要な医療用器具の購入費も対象です。
- 事例:
- 義手、義足、義眼、松葉杖
- 補聴器(医師による診断書がある場合)
- 医師が必要と認めた場合のコルセットやサポーター
- おむつ代(医師の証明書があれば、寝たきりの方など)
7. 介護サービス費用
居宅サービスや施設サービスのうち、医療行為を含むものや、医療系のサービス利用料は対象となる場合があります。
- 事例:
- 訪問看護
- 介護老人保健施設や介護医療院の利用料のうち、医療費に相当する部分
医療費控除の対象とならない費用
一方で、以下のような費用は医療費控除の対象外となります。
1. 予防・健康増進を目的とした費用
病気の治療を目的としない予防や健康増進のための費用は、原則として対象外です。
- 事例:
- 健康診断、人間ドックの費用(ただし、健康診断で異常が見つかり、引き続き治療が行われた場合は、その治療費用は対象となります。)
- 予防接種費用(インフルエンザワクチンなど)
- ビタミン剤、サプリメントの購入費(治療目的で医師から処方された場合を除く)
- 眼鏡、コンタクトレンズの購入費(視力矯正が目的であり、治療を直接の目的としないため)
2. 美容を目的とした費用
治療目的ではない美容整形手術や、美容のための歯列矯正などは対象外です。
- 事例:
- しわ取り、脂肪吸引などの美容整形費用
- ホワイトニングなどの審美歯科費用
3. 自家用車での通院費用
ガソリン代や駐車料金など、自家用車を利用した際の費用は対象外です。公共交通機関の利用が困難な場合のタクシー代は認められることがあります。
4. 差額ベッド代
入院した際に、自己の都合で個室などを利用した場合の差額ベッド代は対象外です。ただし、医師の指示などにより、個室の使用が治療上必要と認められた場合は対象となることがあります。
医療費控除額の計算方法
医療費控除額は、以下の計算式で求められます。
医療費控除額 = (実際に支払った医療費の合計額 - 保険金などで補填された金額) - 10万円(または総所得金額等の5%のいずれか低い方)
- 実際に支払った医療費の合計額: ご自身や生計を一にする配偶者、その他の親族のために支払った年間(1月1日〜12月31日)の医療費の合計額です。
- 保険金などで補填された金額: 医療保険から支給された入院給付金や、高額療養費制度による還付金、生命保険会社から受け取った給付金などがこれに該当します。これらは、医療費から差し引いて計算します。
- 10万円(または総所得金額等の5%のいずれか低い方):
- 原則として10万円ですが、総所得金額等(給与所得、事業所得などの合計額)が200万円未満の場合は、「総所得金額等の5%」と10万円を比較し、低い方の金額を差し引きます。
- 例えば、総所得金額等が150万円の場合、その5%は7万5千円です。この場合、10万円ではなく7万5千円を差し引くことになります。
医療費控除額の上限は200万円です。
シミュレーション例
年間の医療費総額が30万円、保険金による補填が5万円、総所得金額等が400万円の場合の医療費控除額を計算してみましょう。
- 実際に支払った医療費の合計額: 30万円
- 保険金などで補填された金額: 5万円
-
総所得金額等の5%: 400万円 × 5% = 20万円(この場合、10万円より高いため、10万円を適用)
-
計算式:
(30万円 - 5万円) - 10万円 = 15万円
この場合、15万円が医療費控除額となります。この15万円が所得から差し引かれ、その結果として所得税や住民税が軽減されます。
必要書類とその取得方法
医療費控除を申請するためには、いくつかの書類を準備する必要があります。
1. 医療費の領収書・明細書
病院や薬局で発行される領収書や、健康保険組合から送付される「医療費通知」が必要です。医療費通知は、医療機関を受診した際に、保険診療分がまとめられて記載されており、確定申告書に添付することで、一部の領収書の提出を省略できる場合があります。
- 取得方法: 病院、薬局で発行、または健康保険組合から送付。
- 注意点: 領収書は大切に保管し、紛失しないようにしましょう。紛失した場合、病院や薬局での再発行は原則として困難です。医療費通知を活用するか、ご自身で医療費集計フォームに記録する方法があります。
2. 源泉徴収票
勤務されている方は、年末調整後に勤務先から発行されます。自営業の方などは、ご自身で所得の計算を行います。
- 取得方法: 勤務先(会社)から発行。
3. マイナンバー確認書類と身元確認書類
確定申告書にマイナンバーを記載するため、本人確認書類が必要です。
- 取得方法: マイナンバーカード、通知カード+運転免許証など。
医療費控除の申請方法
医療費控除は、確定申告を行うことで適用されます。主に以下の2つの方法があります。
1. 税務署への書類提出
国税庁のウェブサイトから確定申告書用紙をダウンロードし、必要事項を記入の上、医療費の明細書などの添付書類とともに管轄の税務署へ提出します。
- メリット: 郵送でも提出可能。
- デメリット: 書類作成に時間がかかる、税務署での待ち時間が発生する可能性。
2. e-Tax(電子申告)での申請
国税庁の確定申告書等作成コーナーを利用し、オンラインで申告書を作成・送信する方法です。マイナンバーカードとICカードリーダー、またはID・パスワード方式を利用します。
- メリット: 自宅から24時間いつでも申告可能、添付書類の提出を省略できる場合がある、還付が比較的早い。
- デメリット: 事前の登録や設定が必要となる場合がある。
よくある質問
Q: 家族の医療費も合算して控除できますか?
A: はい、生計を一にする(同じ財布で生活している)配偶者やその他の親族のために支払った医療費であれば、合算して医療費控除を申請できます。別居していても、生活費や学費などを送金している場合は「生計を一にする」とみなされることがあります。
Q: 通院の際の交通費はどのように証明すればよいですか?
A: 電車やバスなどの公共交通機関の利用であれば、領収書は不要です。しかし、利用した日付、医療機関の名称、区間、運賃などを「医療費控除の明細書」に記載できるよう、ご自身で記録しておくことが推奨されます。
Q: 医療費控除の申請期間はいつですか?
A: 医療費控除は、原則として毎年2月16日から3月15日の確定申告期間中に申請します。しかし、医療費控除は「還付申告」に該当するため、対象となる年の翌年1月1日から5年間まで遡って申請することが可能です。過去の医療費をまとめて申請することもできます。
まとめ
医療費控除は、病気やけがの治療に要した費用に対する税負担を軽減する、大変有益な制度です。何が対象となり、何が対象外なのか、その判断基準を理解することは、正確な申請のために不可欠です。
本記事で解説した対象費用や計算方法、必要書類、そして申請方法を参考に、ご自身の医療費を整理し、ぜひこの制度を活用してください。不明な点があれば、国税庁のウェブサイトや税務署の窓口で相談することも可能です。適切な情報収集と準備を行うことで、医療費控除の申請は決して難しいものではありません。